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東京高等裁判所 昭和36年(う)1052号 判決

被告人 島崎佐平

主文

本件控訴を棄却する。

理由

よつて按ずるに、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示第一の犯罪事実はその証明十分であり、所論に徴し記録を精査しても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認は存在しないのみならず、該事実に適用すべき法令の解釈を誤つた点も存在しないといわなければならない。所論は、国鉄職員大谷孝三は鉄道連結手であつて、本来駅構内における不正入場者の制止をする職務権限を有しないのみならず、本件についても、小出駅長若しくはその代理者たる当直助役の特命を受けていなかつたのであるから、その不正入場者制止の所為はこれを目して鉄道営業法第三十八条の鉄道係員の職務執行とはなし難く、ひつきようするに、同人の本件不正入場者制止の所為は、同人の国鉄職員としての職務以外の個人的所為と認めるべきであるという趣旨の主張をしているのであるが、原判決挙示の証拠によれば、連結手といえどもその本務以外に指示された事項を適法に執行することができる規定があり、右大谷孝三はその本務は連結手ではあるけれども、駅長又は助役から駅構内通行者の取締方を命ぜられていたことが明らかであつて、かかる命令をすることは駅長又は助役の部下に対する一般的指揮命令権の作用として適法であることは論をまたないから、本件における大谷孝三の不正入場者制止の所為を目して鉄道営業法第三十八条の鉄道係員の職務執行に該らないとの所論はとるを得ないのである。また、固より右命令は毎日あらためて命じなくても本件における如く平素度々これを繰り返えして命令している場合は有効なことはもちろんであるから、この意味からいつても本件における上司の命令(指示)が有効であることは疑いを容れない。更に、本件においては、大谷孝三が専ら右命令に従い職務を執行する意図であつたことはこれを窺うに十分であるから、仮りに同人の心中に被告人ら不正入場の常習者に対する反感が包まれていて、それが本件不正入場者制止をさせた一因をなしていたとしても、同人の所為を全体としてみれば、それが適法な職務執行行為であると認めるにつき何ら妨げはないと解すべきものである。

而して、被告人はいわゆる闇米のかつぎ屋であるが、本件の場合においては、自分が闇米を携えて列車に搭乗する意図はなく、単にこれを列車に搭乗している他の闇屋にいわゆるリレーをする考で、他十数名のかつぎ屋と共に、大挙して入場券も購入せず、警察官の目をくらますために、改札口以外のところから駅構内に不正入場したところを右大谷孝三にとがめられたので、原判示の如く同人の左腕をつかみ同人の進退を抑制し、その間他のかつぎ屋をして所期の如く闇米のリレーの目的を達せしめ、なお、大谷に原判示の如き暴行を加えたものであることが明らかであるのみならず、被告人は過去において三回食糧管理法違反により罰金刑に処せられており、今回も前段説明の如き原判示第一の所為に加え、その一両日後において原判示第二の闇米運搬の挙に出たのであるから、その犯情は決して軽いとはいえないのである。よつて、原審が被告人に対し懲役十月及び罰金七千円の刑を科し、懲役刑について三年間刑の執行を猶予するとしたのは、むしろ科刑が軽きに過ぎるという恐れはあつても決して重きに過ぎるとはいえないから、量刑不当の論旨もまた理由がないというべきである。

以上の次第で、本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅富士郎 東亮明 井波七郎)

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